今週のコラム “ ルールとスキー ” ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
9月11日のアメリカでの事件を思い出すたびに,心が重くなります。
ここまで,事件を引き起こした人間を駆り立てたモノは一体なんだったので
しょう?。思想でしょうか?経済的貧困でしょうか?それとも差別でしょうか?
その原因は何であれ,何の関係も無い一般市民を無差別に事件に引き込んだ
罪は許されるものではありません。また,償って償いきれるものでもないでしょ
う。この罪を犯した人とおなじ生き物である「人間」として恥ずかしい気持ちに
さえなります。
どの社会にもルールがあります。その規制と活用が人間の宿命でもあり,そ
れを守ることが人としての誇りでもあります。地球上に生きる人間としてルール
を守ること,これこそ原点に据えなければならない大原則,と言っていいでしょ
う。
創刊号のコラムに書きましたが,「Sports=スポーツ」というのは,その語
源”deportare”から推測すると,動詞形で「移動する」というのがその原意で,
それが転じて「心を重い状態から軽い気持ちに変える」→「気晴らしする」→「
遊ぶ」…となったと言われます。
実は,このスポーツ,「ルール」を無視して競技は成り立ちません。ルール
を尊重し,そのルールにのっとって互いに競いあうから楽しいし,自己鍛錬にも
なり得ます。気晴らしや遊びのダイナミックさを感じ取ることができるのです。
野球やサッカーなど,勝敗を競う競技では,そういった競技規則がしっかり
と定められています。登山やサーフィン,一般スキーなど,勝ち負けを直接競わ
ない「非競技スポーツ」でもルールはあります。登山では,事故や遭難に遭わな
いためのルート選択や所持品の携行が,それに相当します。一般スキーでは,コ
ースの選択,自然環境の保全などが,「マナー」という意味も込めてルールと言
っていいでしょう。
このように,「スポーツ」は,ルールを最大限に活用し,自己鍛錬と公正な
競争に努めるプレイヤーを育て上げてくれます。もし,このような「ルールを守
る市民(citizen)」が社会に溢れ,社会の構成員のほとんどを占めるようにな
れば,前記のような悲惨な事件は無くなるでしょう。小さい時から,スポーツを
することで,マナーやルールを遵守する習慣を身に付けることは,非常に大切な
ことだ…と言っていいと思います。
競技スポーツで勝敗を競うことも楽しいことですが,それより以上に「ルー
ルとマナーを守る精神」を学ぶことのほうが「人間として生きる」という意味で
意義があると思います。
“スキー”で大自然の素晴らしさに感謝し,ルールとマナーを守る精神を養
う…素晴らしいことではありませんか!
2001/09/17
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